奥様の盛月芳さんは上海出身だそうですね。日本での女将修行で心に残ったことは?

盛月芳女将
私の出身は上海ですが、日本の味わい深いお寺や伝統ある文化に興味がありました。また、上海では次々に新しいものが取り入れられているため、古くから受け継がれたものを大切に後世に残していこうとする日本の文化にも心を打たれました。
社長とは共通の友人を通じて知り合ったのですが、中国の歴史やお寺に興味を持っていた社長とは共通の話題が多く、自然と距離が近くなり、平成13年に入籍。その時初めて下呂を訪れました。最初は旅館の人手が足りない時にお手伝いをしていたのですが、平成17年ごろから仲居として本格的に修業を始め、平成25年に女将になりました。下呂には女将同士で情報を交換する「女将会」があるのですが、女将になった当初から女将会で先輩女将からいろんなことを教えてもらっています。
女将として働くなかで一番嬉しかったことは、日本の方々と出会い、「他人を思いやり、感謝する心」を教わったことです。日本人は、常に他人を思いやって行動していますし、他人の気遣いにきちんと感謝を伝えています。私がまだ仲居として部屋出しをしていたころ、ある大阪から来られた年配のご夫婦がいらっしゃいました。そのとき、お客様の荷物を持つときは気を遣わせないよう重くても軽いもののように、菓子折りやお土産をいただくときは感謝の気持ちを表すよう軽くても重いもののように扱うことを教わりました。日本の文化では、何気ない行動ひとつとっても相手への思いやりが表現されており、とても勉強になりました。
ほかにも、主に江戸時代に全国各地で行商を行っていた近江商人の「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)の考え方も勉強になりました。商売をやっていくうえでは、自分ひとりだけが儲けるのではなく、自分の商売を支えてくれている業者さんと儲けを分かち合うことが大切で、全員が儲かることで社会全体が豊かになっていくという素晴らしい考えです。
当旅館では、岐阜県美濃加茂市にある正眼寺のご老師から頂戴した「丹心」という言葉を大切にしています。もともとは「丹心萬古を照らす」という一節からきた言葉なのですが、丹心は「まごころ」、萬古は「永遠」という意味があり、この一節は「まごころは時代が変わっても永く世間をあたたかく照らす」という意味です。
そのため、「山形屋丹心亭」とは「下呂温泉山形屋は下呂全体を変わらぬまごころであたたかく照らす旅館」という意味になります。旅館の仕事は接客・サービスが大半ですが、やはりそこに「心」がこもっていないと本当のおもてなしにはなりません。これは客室の値段やお客様の人数とは関係のない話で、旅館からお客様に対して感謝の気持ちを表すものだと思います。昨年、当旅館を訪れた中国の方が、下呂温泉山形屋を「暖かいわが家のようにくつろげる旅館」であるとして「温暖的家」という刺繍を作ってくださいました。中国では、相手を励ます時などにこうした刺繍を贈る風習があるのですが、思いやりの心がお客様に伝わるというのは本当に嬉しいことです。

yamagataya_4.jpg

女将は岐阜県日中友好協会でも講演をされたそうですね

中国の旧暦で正月にあたる春節の時期に、毎年、岐阜県日中友好協会が「新春のつどい」を主催しており、今年は私が「名湯が生む出会い」と題して講演を行いました。私は、日本文化や日本人と出会えて、日本に来て本当によかったと感じています。そのため、日本で知ることのできた日本文化の良さ、日本人の素晴らしさをもっと世界の人々に知ってほしいと思っています。当旅館にお越しになった外国人のお客様に「日本はどうですか?」と尋ねると、「日本人は親切で優しい」「日本の文化は興味深い」と答えてくれます。一方で、私がお客様に上海出身であることを伝えると「なぜ、(上海に比べてこんな田舎の)下呂に?」と不思議に思われます。でも、私は下呂の街や人との繋がりが本当に大好きで、今では自分が立派な下呂の「乡下人(シャンシャーレン)」(中国語で田舎者の意)であり、下呂を第二の故郷だと思っています。下呂温泉山形屋で働いて知ることのできた思いやりの心や感謝の心を紹介することで、世界の人々に日本や下呂の魅力を知ってほしいと思っています。

下呂温泉山形屋と益田信用組合のお付き合いについて教えてください

益田信用組合(以下、〈ますしん〉)は、当時の銀行が観光産業をなかなか相手にしてくれなかったことから、下呂地域の温泉旅館をはじめとした観光産業者のために昭和35年に設立されました。当旅館と〈ますしん〉は、先代社長が平成18年ごろまで〈ますしん〉の総代を務めるなど、これまで親密な付き合いを続けています。〈ますしん〉は、当旅館の経営が好調な時だけでなく、厳しい時でも下呂地域の信用組合として懸命に支え続けてくれました。今でも「何か困りごとがあればいつでも何でも相談してください」と言って、その言葉どおり困ったことがあれば必ず相談に乗ってくれます。また、〈ますしん〉の職員は、「まごころ」を込めてお客様を迎える私たちと同様、私たちに「まごころ」を込めて接し、親身になって相談に乗ってくれます。〈ますしん〉は金融機関としてお金を貸してくれるだけでなく、下呂の地域と事業者にとってさまざまな力を貸してくれる、なくてはならない存在です。
例えば、一階ロビーの Café&Bar「流」では、湯上りのお客様に落語や音楽を楽しんでもらえるよう土曜日に無料ライブを開催しています。プロのアーティストの公演が無料で聞けるとあって、お客様からはとても好評なのですが、実はライブに出演するアーティストは、音楽を趣味にしている〈ますしん〉の職員から紹介してもらいました。アーティストのなかには、下呂温泉を訪れたことでインスピレーションを得て作った曲を、下呂イメージソングとして自身のアルバムに収録してくれたミュージシャンの方もいます。4月にも名古屋を拠点とするアーティストのライブを予定しており、今後も〈ますしん〉の紹介をとおして出会った人との縁を大切にしていきたいと思います。

yamagataya_5.jpg

下呂温泉山形屋の今後の展開は?

当旅館では、ご家族や学生グループなど個人客層へのPRを充実させていくため、ホームページのリニューアルを考えているところです。リニューアルに当たっては、〈ますしん〉を通じて専門家を派遣してもらうことになっています。最近はネットで旅館を検索して予約するお客様も増えているため、リニューアルしたホームページも下呂温泉山形屋の強みにしていきたいです。また、お客様にさらに満足してもらえるよう、現在、大観荘の5階を全面リニューアルしています。今後も、多様化していくお客様のニーズに柔軟に応えられる旅館であるとともに、従業員、業者さん、そして〈ますしん〉と力を合わせて、変わらぬ「まごころ」でお客様を迎えられる「下呂温泉山形屋」でありたいと思います。