養鶏場と〈たまごの郷〉の再建への道程

大熊町出身の養鶏場では唯一、現在も経営を続けている大柿社長。しかし、事業再開には大きな壁が立ちはだかっていた。新たな養鶏場の土地の確保である。
「牛久市での避難生活の最中も養鶏場を再開するための土地を探していたのですが、なかなか思うようには見つかりませんでした。関東・東北を中心として全国約30ゕ所以上を回りましたが、希望の条件に合う場所は見つかりません。半年以上、毎日ネットで不動産情報を見たり、知人に連絡を取ったりしていましたので、知らない候補地はないほど詳しくなりました」。養鶏場を営むためには、広い面積や気候等の条件がある。条件に見合う場所がなかなか見つからないなか、大柿社長は大きな転機を迎える。
「以前より取引のあった飼料メーカーが、私が養鶏場を営むための土地を探していることを知り、連絡をくれたのです。そして、その土地を購入しないかというお話をいただきました。しかも、そこは一度避難生活を送りながら候補地を探している時に見つけた場所で、『ここで養鶏場ができればいいな』と漠然と考えていた場所でした。そこが今の『小名浜養鶏場』です。いわき市はかつて、非常に養鶏が盛んだった場所だったと記憶しています。数十年前は40~50軒程度はあったのではないでしょうか。また、気候も温暖ですし、大熊町などから避難されてきた方々が多くいらっしゃったのも、当地を選ぶ大きなポイントでした」。
養鶏場が見つかった大柿社長は、その後急ピッチで最新設備を導入した鶏舎を建築し、東日本大震災から3年未満で約1万2000羽を飼育する養鶏場の再開を果たした。そして、飼料に海藻やヨモギ・木酢液を精製したもの等を鶏に与えることで、甘味が強くてコクもあるが、臭みのない「いわき地養卵」を生産することとなった。

daisyu_2.jpg
<手作りで1つ1つ丁寧に作られる商品>

こだわりの詰まった〈たまごの郷〉をもう一度

大柿社長は、養鶏事業再開後、すぐに〈たまごの郷〉の再開にも取りかかった。
「養鶏再開後、一番恐れていた風評被害については、特になかったので助かりました。しかし、なかなか販売先が見つからなかったことでは苦労しました。一度生産を止めてしまうと、問屋は当然、他の仕入先を見つけます。そうすると、後発となってしまう我々の卵はなかなか取り扱ってもらえず、仮に取り扱ってくれても安く買い叩かれてしまうんです。だからこそ、養鶏場をやるからには、このいわき市でも〈たまごの郷〉をもう一度復活させたかったのです」。
そして、養鶏場再開から数か月後、ついに〈たまごの郷〉が復活する。新たにオープンした〈たまごの郷〉は、外観・内装ともに細部まで「卵の美味しさを伝えたい」と願う大柿社長のこだわりが詰まったものとなった。
「卵形の建物は、最初は少し派手かなと思いましたが、一目で卵のお店とわかっていただけるので、今ではよかったと思っています」。
建物内には鶏に与えている餌へのこだわり、養鶏場の設備へのこだわりを店内に掲示しているほか、<たまごの郷>のオリジナルキャラクターが店内を明るく、朗らかな印象にさせている。こだわりは建物だけではない。
「当社の商品は、『かすてらクーヘン』『えっぐプリン』『シュークリーム』『ロールケーキ』などがありますが、こだわりとしては"卵の味を活かすこと"です。そのために、卵と相性が良い原材料を厳選して使用しています。また、以前大熊町で販売を始めた時は、お菓子作りに関しては素人でしたので、今回はオーブンメーカーで勉強し、試行錯誤を加えながら商品開発しました」。
今でこそ、卵を1日1000個使うほどの売上を誇るお菓子だが、そこには大柿社長の絶え間のない努力があったのである。そして、〈たまごの郷〉にはもうひとつ大きな特徴がある。無料の「カフェスペース」だ。
「このいわき市には、大熊町から避難された方も多く住んでいらっしゃいます。そうした方々の日々のコミュニケーションの場として利用していただけたらいいなと思い、カフェスペースを設置しました。ここでは無料のコーヒーやお茶もあるので、ぜひ今後も多くの方に利用していただきたいです」。
さまざまなこだわりが詰まった〈たまごの郷〉は地域の人に愛され、美味しい卵、スイーツだけでなく、笑顔まで届ける場所なのである。

daisyu_5.jpg
<カフェスペース>

<コラム①~卵の豆知識~>

卵の黄身の色と言えば、黄色を思い浮かべますよね。大柿社長にお話しを聞くと、どんな卵も無条件で黄色くなるわけではなく、黄身の色はその鶏が食べた物によって決まるのです。ですから、米しか食べずに育った卵の黄身の色は白っぽくなるようです。ただ、米はとても高く、一般的に餌はトウモロコシを中心に与えているため、世間では黄身の色は黄色であるというイメージが定着しているそうです。

daisyu_7.jpg
<いわき地養卵を使った「たっぷりシュー」と無料のコーヒー>