SHINKUMI PEOPLE: 近藤和幸さん
全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会、東京都公衆浴場業生活衛生同業組合、東京都公衆浴場商業協同組合、はすぬま温泉オーナー

公務員から銭湯経営に転職

大田区西蒲田の一角にある銭湯『はすぬま温泉』。銭湯の入口横に吊るされた、「わ」と一文字書かれた木の札と、矢をつがえた状態の弓が目を魅きます。「木札に書かれた『わ』という文字は湯が"わ"いたという意味です。これで銭湯が開いているかどうかひと目で分かるでしょ?裏には『ぬ』と書かれています。湯を"ぬ"いたから営業終了ってことです。」そう説明してくださったのは、はす ぬま温泉のオーナー、近藤和幸さん。ちなみに、矢をつがえた状態の弓は弓を射るから『弓射る』、それを江戸時代の人が洒落て『湯に入(い)る』、つまり銭湯を表す看板として入口に掛けていたのが由来だそうです。「銭湯の前を通りがかった子供が『わ』の木札を見ると、これは何って親に質問するんです。でも親もわからないから、銭湯のフロントまできてその理由を聞いてくる。そこでコミュニケーションが生まれるんですよ。」

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はすぬま温泉のお湯は、珍しい薄い緑茶色。泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉で、美肌の湯としても評判の温泉です。一番の人気は源泉100%かけ流しの水風呂とのこと。お風呂のコンセプトは「滝壷にある露天風呂」。男風呂・女風呂とも、壁に大きな滝の絵が描かれています。実際にある滝の写真を元に下絵を描き、6000枚のタイルを焼いて完成させたそうです。湯船に浸かり、とうとうと流れ出る滝を見上げていると、まるで大自然の中でくつろいでいるようで、心身ともに癒されます。ソファが置かれたくつろぎスペースにも、壁面いっぱいに富士山の絵が描かれています。「銭湯の背景画といえば昔から富士山が多いし、外国の方にも人気です。でも風呂場では写真が撮れませんよね?だから銭湯絵師を招いてここに描いてもらったんです。予想以上に人気で、この前で写真を撮る人が多いんですよ」

アイデアとしかけで人を呼び込む

大田区の銭湯の数は都内最多の42軒。その中で温泉と認定されているのは16軒。現在大田区では銭湯を地域の観光資源の1つととらえ、官民一体で様々な企画を立案、実行しています。3つの浴場組合の理事長を務め、様々なメディアに登場し、「銭湯のカリスマ」と呼ばれる近藤さんは、その推進役の中心を担っています。「銭湯経営で大切なのは、いかにお客様に喜んでいただくかということ。そのために色々なパフォーマンスを仕掛けています」と近藤さん。

たとえば、大田区の各銭湯では開店までの時間を利用して、ヨガ、健康体操、落語、講談、映画の上映など様々なイベントを行っています。大田区内の銭湯を回る「銭湯スタンプラリー」や、子供たちを対象にした、「大田区銭湯ジュニアマイスター養成講座」も近藤さんの発案。大田区内の銭湯を見学して、銭湯の基礎知識や入浴法を勉強した後、銭湯に入浴してもらうといったもので、「将来のお客様として、お子さん達にも銭湯になじんでいただきたい」という思いがこもっています。風呂場の壁に描かれた滝の絵にもしかけがあり、どこにある何という滝か答えられればプレゼントがもらえるとのこと。遊びごころ満点です。

東京都浴場組合の公式キャラクターとして誕生したゆるキャラ「ゆっポくん」も近藤さんの発案だそうです。着ぐるみも完成したので、これからいろいろなところに露出させて銭湯をアピールしていきたいとのこと。ゆっポくんのツイッターやインスタグラムもあるのでぜひフォローを。

また、年々増え続ける外国人向けのサービスにも本格的に取り組んでいます。銭湯入口には「Welcome SENTO」シールを貼り、銭湯の利用方法やマナーを外国語で説明した「銭湯指さし案内マニュアル」を配布。外国の方が気軽に入れる銭湯づくりを心がけています。

高齢者向けにも、大田区在住の70歳以上の方を対象に「いきいき入浴証」を発行。銭湯利用料金の一部を区が負担することで、閉じこもりがちな高齢者の方の外出を促そうという試みです。さらに、銭湯の経営者や従業員が、認知症の正しい知識を身につけ、お年寄りやその家族を見守る「認知症サポーター」の資格取得を推進しています。

「銭湯は地域の人たちのために色々なことができると思うんです。はすぬま温泉や大田区の銭湯は災害時には『災害時一時的避難所』として、ロビーや脱衣所を開放します。毛布や非常食、飲料の備蓄もあります。これは今後全国の銭湯に展開していくつもりです。東日本大震災の時は、直後に地元のアーティストたちとチャリティーライブを企画して、集まったお金を現地に寄付しました。銭湯って頑張ってるね、楽しいね、みなさんにそう感じていただければ嬉しいですね」はすぬま温泉のロビーにある、『災害時には避難しに来て下さい。みんなで助け合いましょう』と書かれた張り紙が近藤さんの地域の人々への思いやりと心意気を表しています。